空き家が教えてくれる街の歴史

FUJI TEXTILE WEEK2022では、開催場所として街の様々な「空き家」が活用されています。

総合案内所となっていたのは、元はタバコ屋さんだった場所。その2階はかつて「ニコル」という名の喫茶店で、アメリカ在住アーティスト、パトリック・キャロルの会場になっています。今では珍しい紙製の壁紙(最近の壁紙はほとんどビニールクロス)やレトロな角の丸い窓が、どこか懐かしさを感じさせる作品と調和して、あたたかい空間になっていました。

《Memoriam/追悼》 Patric Carroll, Fuji Textile Week2022 photo by Yoshida Shuhei

商店街を少し北上し「ヒガシウラ」と呼ばれるエリアで、村山悟郎の作品を展示していた会場は「旧糸屋」。全国有数の織物産地だったこの地域には、当然ながら糸や染色などの材料を扱うお店も多く、ここもかつては毛糸商でした。入口には、かつての店主は富士吉田の文化の礎を築いた人物でもあったという説明がありましたが、昔ながらの土間と座敷の様式に、手入れの行き届いたガラス扉からもその頃の丁寧な暮らしぶりが想像できるようです。作家が描いた素描を数理モデルを介してジャガード織で表現するという難解な作品ですが、一見すると織りには見えないほどビッシリと織り込まれた生地、周囲に張り巡らされた紋紙(ジャガード織に使用するデザインをデータ化した厚紙)は、その謂れを知ると、この場所こそふさわしいと感じます。

《頑健な情報帯》Murayama Goro, Fuji Textile Week 2022 photo by Yoshida Shuhei

エレン・ロット、村山悟郎、高須賀活良の作品が展示されていた「旧文化服装学院」は、今回の会場のなかでももっとも大きな建物でした。1階は最近までタクシー会社の待機所として使われていたようですが、今はそれも引き上げられ、テキスタイルが土に還る様を表現した高須賀活良との作品がシンクロし、ある種の爽快感すら覚えるようでした。世の中に廃墟マニアが一定数存在するように、物が朽ちていく様子や消えていくことの心地よさは、過剰に物が溢れ、新たなものづくりに常に追われる現代だからこそ、アンチテーゼとして強く求めたくなります。

《NEGENTROPY(ネゲントロピー)》Takasuka Katsura, Fuji Textile Week 2022 photo by Yoshida Shihei

街の「空き家」は、ある意味でその街の記憶をタイムカプセルのように留めてくれる場所で、空き家を通してその街のかつての姿を思い出すことができます。例えば富士吉田なら、織物の産地として興隆を誇っていた時代の人の様子を知ることができるし、その背景となる富士山の文化や水との繋がりも垣間見ることができます。今回、各会場で案内役をしていたボランティアの地元の方々からは、旧ニコル喫茶店に通った高校生時代の話や、文化服装学院で洋裁を学んだ頃のことを聞くことができましたが、50年近く昔のことをありありと思い出させるのは、やはりリアルな場の力なのでしょう。

空き家は、放置すれば街を暗くし治安を悪くすることもあります。とはいえ持ち主にとっては、忙しい日常のなかで空き家を片付けるのも、リスクを負って賃貸に出すのも簡単ではないのです。そんななか、イベントをきっかけに何年かぶりにシャッターを開け、掃除をすることで、建物の良さや街との関係性をちゃんと理解して使ってくれる利用者が現れることもあるかもしれない。実際、前年の開催の時は展示会場となっていた建物のいくつかが、今はカフェや事務所としてリノベーションされ使われていました。美術館とは違う、地方の街でアートイベントを行う意義はこんなところにもあるのだと気づかされました。

アートが産業を拡張する。産業が街を彩る。

他にも興味深いアート作品や、産地展『WARP& WEFT』も見応えがありました。テーマをテキスタイルに絞っていることで、「アートが産業を拡張し、産業を通して街を楽しむ」という構造が明確になったと感じます。

富士吉田は、コロナ前には年間約500万人の観光客がやってくる地域でした。富士山を望む景色がSNSで話題になり、イメージ通りの写真を撮ろうとする人が交差点から道路に溢れて危険であるとの声もあったほどです。コロナ禍で観光のスタイルが変化し、あえて狭い範囲でマニアックに深く街の歴史や産業を味わうマイクロツーリズムや産業観光が提唱されるようになりましたが、富士吉田にはその期待に応えられるだけの産業と、それを街歩きから実感できる風景が数多く残っています。FUJI TEXTILE WEEK2022では、アートという横軸(この街の場合は緯糸(よこいと)のほうがふさわしいかな?)を通すことで、街の魅力が浮かび上がってきました。コロナからの回復とともに道路に溢れる観光客も戻りつつあり、それはそれでこの街を象徴する景色になりつつありますが、あわよくばその土地に絡み合う文脈に少しでも触れてほしいと願うのは私だけではないはずです。

Fuji Textile Week 2022 photo by Yoshida Shuhei