2022年冬、富士吉田市内で開催された『FUJI TEXTILE WEEK2022』に行ってきました。織物産地である山梨県富士吉田市を舞台にした布の芸術祭で、2021年に続き2回目の開催。冬の冴えた空気の中にそびえる富士山のふもと、前回よりも進化したFUJI TEXTILE WEEK2022をレポートします。

アーティストの無理難題×機屋の奮闘

FUJI TEXTILE WEEK2022は、アーティストがテキスタイルを素材にした作品を展示するアート展『織りと気配』と、産地の過去から現在の系譜をプロダクトの変遷とともに紹介する産地展『WARP& WEFT』を中心に構成されます。会場は、下吉田エリアに点在するギャラリー、お寺、公園、空き家などを活用。1kmほどの範囲を行きつ戻りつ、地元ボランティアの皆さんの親切な案内も受け、ローカルな風景も楽しめる仕掛けになっています。

商店街の一角にある総合案内所で受付を済ませたあと、最初に足を運んだのは3階建ての古い蔵を会場にした安東陽子の作品でした。小さな窓があるだけの暗い室内をあがっていくと、白い糸を束にしてカーテンのように垂らした作品が、かすかに風を受けて揺れていました。糸は「キュプラ」というスーツの裏地などによく使われる軽く細い繊維で、艶やかな光沢が特徴です。その糸の束が窓から差し込む光を受けて、天空に導く光の道のような神々しさを放っていました。

《Aether 2022》Ando Yoko, Fuji Textile Week 2022 photo by Yoshida Shuhei

この作品を高度な織りの技術で実現したのは、地元の機屋(はたや)のひとつWatanabe Textile。担当した渡辺竜康さんに聞くと、安東さんからのイメージする質感を実現するのは「難題だった」そうですが、リクエストに応えるうちに新たな技法を発見するきっかけにもなったのだとか。自身もアーティストとして、また織物のスペシャリストとして商品づくりも手がける竜康さんにとって、有意義な経験になったようです。

今回のアート展の多くの作品は、このようなアーティストと機屋との共同作業でつくられました。通常、産業としてのものづくりは、圧倒的に「売れるかどうか」「採算が合うかどうか」という視点で検討されます。ただ、それだけでは既存の発想から抜け出ることは難しい。そこで、時にはアーティストとコラボレーションすることで、言い替えれば「アーティストの無理難題に立ち向かう」ことで、自由な視点による新しい発見が生まれ、それが次の商品へ発展することもある。アートイベント開催に込められた主催者の密かな願いでもあり、地域に根づく産業を土台にしたアートイベントだからこそ期待できる相乗効果と言えそうです。

《Aether 2022》Ando Yoko, Fuji Textile Week 2022 photo by Yoshida Shuhei

アートはいずれ街の当たり前になるかもしれない

福源寺に展示されたオランダ在住アーティスト、シグリッド・カロンの作品も面白いものでした。お寺の山門や本堂正面全体にダイナミックに布と捨て耳(布を織る時に出る切れ端)を張り巡らせたもので、併せて本堂に敷き詰められた座布団も鮮やかな蛍光色の生地に変えられています。

これは、もともと富士吉田の織物が寺院内装や座布団を中心に発展していったことに由来するのですが、よく見てみると、表面は派手な黄緑色でも、裏面はおちついたグレーの生地になっています。実は、テキスタイルウィーク会期中も法要は行われるため、奇抜なデザインでは檀家さんを驚かせてしまうかもしれない。そこで、法要の際は裏返すことで支障なく法要ができるように、との工夫がされたのです。

この配慮のおかげで、この座布団は会期終了後も福源寺で継続して使用されることになったそうです。考えてみれば、お寺では見慣れた金糸をふんだんにつかった伝統的な布も、かつては派手で奇抜なデザインだったはず。今回の蛍光色の生地も、いつかは見慣れた風景になる日がくるかもしれません。

海外アーティストの参加がもたらしたもの

今回の開催で、前回と最も異なった点は、シグリッド・カロンをはじめとした海外アーティストの参加です。前回はコロナ禍の影響で海外からの来日が叶わず、参加アーティストは全て日本からでしたが、今回はアメリカやオランダを拠点とするアーティストの参加が実現。これによって、より多角的な視点でテキスタイルや富士吉田という街が解釈され、イベントの幅が広がったのはもちろんのこと、彼らが拠点とする国の関係者やメディアが見学に訪れるなど、世界との繋がりが生まれました。

オランダ大使館は、シグリッド・カロンの参加をきっかけにアートイベント全体にも助成をしてくれています。彼女が普段創作活動を行うオランダのティルブルグという街は何世紀にも渡って織物工房が軒を連ねている地域で、富士吉田市と重なるものがあります。時代と国を超え、共通項をもつふたつの街の連携を今後も期待したいです。

街の見慣れた風景にフォーカスして作品制作をするフランス在住のエレン・ロットは、Saruya Artist Residencyへの参加をきっかけに本展に参加しました。富士吉田に長く滞在するなかで地域の子供たちとも交流し、なかには創作意欲を刺激されて本格的に絵を描き出した子供もいたのだとか。これまでもSaruya Artist Residencyには多くのアーティストが参加しフランスとの交流もありましたが、フランスでも受賞経験のあるエレン・ロットがFUJI TEXTILE WEEK2022にも参加したことによって、フランスとの関係もより深まりそうです。

《ON GOING》HELENE LAUTH, Fuji Textile Week 2022 photo by Yoshida Shuhei

コロナをきっかけに、世界は「分断」という時代に逆行する体験をしました。いちど離れてしまったからこそ、今は繋がりをもつことの大切さと脆さを実感します。テキスタイルとアートを通じて結び直された関係性がこれからどんな楽しいことを生み出していくのか、ワクワク感が膨らみます。